やっちまった

先週の土曜日、大学時代の親友(女)と隅田川の川べりで朝から日向ぼっこをし、ひたすら話をし続けた。とても幸せな時間だった。

僕も親友も最近、仕事で落ち込んでおり、互いの悩みを打ち明けあった。おそらく、価値観や性格が似ているのだろう。話がしやすいのだ。

それ以降、僕は親友に寄っかかりすぎたのかもしれない。

今晩のことだ。

昨日こんなことがあって落ち込んだ、というような内容をMessengerで親友にメッセージを送った。親友は、今週に入ってから復調しつつあることを教えてくれた。
それでも僕はくだらない話を続けていると、親友の態度がどんどんつき離すようになっていった。最初は、あれ?と思った程度だが、結婚に関する自分の考えを述べたあたりから明らかに態度が硬く冷たくなった。最後の方など、文尾に顔文字などは使わず、「。」だけになった。

最後のメッセージはこうだ。

「悩んでいることがあるなら言いなよ。(私は
)何も返さないから。」

一見、親切なようで、完全に見放されている。いや、見切られている。バナナで釘が打てるのでは、と思えるほどの冷ややかさを感じた。このようなメッセージの後に愚痴など言えるはずもない。凄い文章だ。

そんな文面を見て僕は思わず、やってしまったと感じた。と同時に、友だちをなくすとはこういう「感じ」なのだろうと直感した。

文章だけなので、相手が怒っているのか、呆れているのか、わからない。それが余計に怖かった。

僕は、「怒ってる?」と聞くこともできなかった。

ちょっと前まで、僕はそんなにおしゃべりな人間ではないと思っていたが、よくも悪くも感情が揺さぶられることがあると、必要以上に話したがりな人間だということに気がついた(このブログもそうである)。

普段我慢しているので、ちょっと話を聞いてくれそうな、心を許せそうな人間がいると自制が利かなくなるのだ。僕のそうした性格が親友に今回のような態度をとらせてしまったのだろう。


やれやれ。


今後は気をつけよう、と反省する水曜日の夜であった。