写真嫌い

歯を磨きながら、自分の顔を眺めていたら、昔のことを思い出し、ついで、なぜ自分が写真嫌いなのか思い至ったところがあるので書き記す。

まず、ここでいう写真とは、写される側のことで撮る側ではない。

はっきりいって僕は写真に写されるのが大嫌いである。極力写りたくない。それがどんなおめでたい席(誕生日とか)であれ、である。今のところ、予定はないが、結婚式で写真を撮られる、あるいは過去の思い出ムービーなど流されたらと考えると心底ゾッとする。それくらい写真が嫌いなのだ。

理由としては、2つある。

ひとつ目は、10代の頃、家族から僕が写真を撮られるたびに「笑顔が不自然だ」と指摘され続けたこと。

ふたつ目の理由として、小学校の時の出来事がある。

ある日、給食中に卒業アルバムのため、と写真を撮られる機会があった。その時撮られたのが僕と、美男美女のA君、Bさん。

しばらく経ち、卒業アルバムが手元に届いた。小学校の思い出たちが写真というかたちで散りばめられている。その中に、A君とBさんが給食を食べている1枚があった。その時は特に気にもせず、「ああ、あの時撮られた写真かなぁ」と思った程度だった。

後日、卒業アルバムのために撮った写真を欲しい人に配布するということがあった。
その時、僕の手元に1枚の写真が渡ってきた。それが例の給食の時の写真だ。その写真の右下には僕が写っているではないか!
つまり、アルバムには僕だけ切り取られ、2人の男女だけが写るように加工されていたのだ。

ショックだった。

が一方で、切り取られても仕方がないのかな、とも心のどこかで思っていた。というのは、その写真に写っている自分があまりにもみっともなかったからだ。

まず、格好がだらしがないし、口にものが入っているせいか頬がふくらんでいる。色白で目の下の赤いあざがよく見える。
目の精彩は欠き、魚のような目をしている。他の2人とのコントラストも相まって、自分がこんなにも醜いと思ったのは初めてだった。

それから僕は、写真が嫌いになった。冷静に考えれば、自分嫌いと写真嫌いがないまぜになっていたようにも思う。
だが、一方でよかったことがあったとすれば、これが自分の容姿を客観的に見る初めての機会だったのかもしれない。その時僕は、「自分を変えたい」と激しく思った。

それから地元の中学校に入学し、その学校で一番厳しいといわれた軟式テニス部に入った。鬼顧問の元、しごかれた。ただただ「自分を変えたい」いや、「過去の自分を葬り去りたい」という一心で練習に打ち込んだ。顧問や仲間に恵まれたこともあり、中2の冬には、全国大会まで行くことができた。人生、何がきっかけで変わるかわからないものだ。

やれやれ、今日は日曜出勤だったから疲れたな。

今日も1日が終わる。

おやすみなさい。