創作の本質〜『エンタテインメントの作り方』を読み終えて

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僕は物書きではないが、作家や脚本家がどのように作品を生み出すのかに興味があり、よく創作ノウハウ本を読む。マニアといってもいい(書かないくせに)。

個人(作家)が頭の中で幾人ものひとを生み出し、作品世界の中でそのひとたちを動かすということが不思議でならないのだ。作家の頭の中を覗いてみたいという好奇心からこれらの本に手を出すのだ。

今回読んだのは、『黒い家』『青い炎』『悪の教典』で有名な貴志祐介の『エンタテインメントの作り方』である。

創作の本質を一言で表すとすると、「妄想」である。

注意しなければならないのはこの妄想は決して空想ではなく、現実(僕たちが過ごす日常)と地続きになっているという点である。

なので、貴志さん(馴れ馴れしいかもしれないが、とりあえず「さん」付けでご容赦を)は、創作の突端を「もし〇〇が××だったらどうなるか」ということを日常生活の中から想像してみることとしている。

日常がベースになっているので、決してゼロから物事を創造するわけではない(ここ大事!)。

設定した「もし〇〇が××だったら」から、今度は「それが起きるのはどのような状況か」「それを起こすためにはどういう条件が必要か」といったことを具体的に考え、肉付けしていく。

少し話が逸れるが、よく創作ノウハウ本の冒頭には、「まずテーマを決めなさい」ということが書かれているが、貴志さんはエンタテインメントを執筆するうえでテーマは必ずしも意識する必要はないといっている。なぜなら、物語を執筆するなかで自然とテーマが立ち現れるからだ。

ではなぜ、書いているうちにテーマが自然と立ち現れるのか?

おそらく、「もし〇〇が××だったら」という現象を説明するために、作家はそこに至るまでの因果関係を決めなければならないからだ。これは紛れもなく、神の代行であり、作家の世界観や人間観、人生観、倫理観を反映せざるを得ない。因果関係を考え、執筆するうちに、作家のそういった世界観や人間観が作品ににじみ出てきて、テーマらしきものになるのではないかと思う(抽象的でスミマセン)。

他にも、プロットの組み立て方、キャラクターの作り方、文章作法など、読者をエンターテインするための工夫が具体的に語られるが、「もし〇〇が××だったら」という問い(種)こそが創作の始まりにして本質だろう。



全体として非常に具体的で読みやすく、あっという間に読み終えてしまったが、ひとつ、もう少し言及してほしいことがあった。
男性(女性)作家がいかに異性を書くかという点である。一応、「男性が女性を描くことの難しさ」という節が設けられているが、「ディテールのわからない存在を描くとき、人はどうしても頭のなかにある類型に寄せた描写をしてしまう傾向がある(P120)」と指摘するにとどまり、それを克服するための工夫が「少し」紹介されている。
僕としては、この節をもう少し厚くしてほしかった。まあ、各論中の各論的な内容なので、仕方ないが、この次の本選びの参考にしたいと思う。