情報の伝え方〜感情のさじ加減

今朝の通勤時のこと。

雨のせいか電車がうまく流れず、目的の駅まであとわずかというところで止まってしまった。

そんな時に流れるのが、車内アナウンスだ。

あの、何というか、感情の読みとれない、不思議な抑揚のある声。いかにも職務上の声という感じ。

今日は早めに会社に着いておきたいと思って、少し早めに家を出ていただけに、思わず心の中で舌打ちをした。

車掌という立場からすると、何かしらの感情を読み取られ、乗客を不安にさせないよう配慮してやっているのだとは思う。けれど、同じ調子で同じこと(謝罪)を繰り返されると、なかなかイラっと来るものだ。

ただ、もし自分がこの車掌の立場だったらどうだろうと想像してみる。

おそらく、車内の空気に気圧されて、いや、過剰に空気を読みすぎて、いかにも申し訳なさそうな声音でヘコヘコアナウンスしてしまうだろう。

過去に上司から、「伊達めがねの報告の仕方は、(大したことでなくても)いかにも深刻そうな雰囲気で来るから恐い」と言われたことがある。つまり何が言いたいのかというと、僕の場合、自分の焦りや恐怖などの感情が声や表情に自然と滲み出てしまうのだ。

人に何かの情報を伝える時、平板(いわゆる慇懃無礼ってやつ)なのもいけないが、かと言って相手の不安を煽るような感情的な話し方、伝え方もよくない。大事なのは、場の空気に流されずに、適度な(何が適度か、その答えを僕はまだ知らない)人間味を持って伝えようとする気持ちなのではないだろうか。

そんなことを考えた朝の通勤電車でーした。