変化する美しさ

会社帰りのこと。

ホームで電車を待っていると、斜め前に紅いサマーセーター、白地に黒い花柄のスカートという出で立ちの髪の長い女性がいた(顔は見えなかった)。

そのような格好の女性なら他にもいそうなものだけど、何より目を引いたのは、その女性が高い高いヒールを履いていたからだ。

それが奇妙なアクセントとなり、とてもきれいだったのだ。

そんな姿を見ていたら、先日、家族で祖母の見舞いに行った時のことを思い出した。
その場に伯母もおり、どんな流れかは忘れたが、履き物の話になった。

「年を取ると、足が痛くてヒールの高い靴って履けなくなるのよね。私なんてこれで限界」

と言って見せてきたのは、自身の靴。

踵に行くに従い、靴底が厚くなっていく靴。とてもヒールと呼べる代物ではない。今日見た女性の靴とはえらい違いだ。

伯母はふっくらしており、表情がとても柔和な人だ。なので、僕は、伯母にはその時履いていた靴がとても似合っていると感じた。そんなことはあり得ないが、もし伯母が高いヒールを履いていたらグロテスクだ。

女性のファッションには、年とともに身につけること自体難しくなるものがあるが(男性の場合、加齢による外見の変化で似合わなくなるものはあっても着けられなくなるものなんてないだろう)、それでも自分の年齢を受容し、それに合った格好をすれば充分素敵なのだ。

よく女性は花に喩えられるが、花の美しさは刹那的だ。人間の美しさは時間とともに成熟し、枯れることはない(たぶん)。



(何か最近、女性に関する記事が多いなぁ)